ゴールデンラジオ メインディッシュ 2022年2月4日「サヘルローズ」

小島慶子
今日のメインディッシュは、ゴールデンラジオのゲストとしては何と12年ぶりのご登場ということですね、イラン出身のタレント、俳優のサヘルローズさんです。よろしくお願いします。

大竹まこと
お久しぶりです。

サヘルローズ
お久しぶりです、お元気ですか?

大竹
まあ、生きているなあ、とは思っておりますけれども

サヘル
今日も全身真っ白、よく似合いますね。素敵です。

大竹
有難うございます、もうね、年寄りはね、見た目良くしとかないとね

小島
なのね、高級なゴマ豆腐みたいな色をした柔らかそうなタートルヒットよ

大竹
あの、小島、もうちょっといい例えはないのか。「高級な」はついているけど、ごま豆腐みたいな色っていう方がちょっとインパクトがオレには強かったね。
「高級な」っていったら、羽毛布団とかそういうの。高級なごま豆腐って、どんなごま豆腐だ、おまえ。

サヘル
でもごまは擦ってないですからね、本音のことをおっしゃったと思います

大竹
もう、サヘルは日本語を堪能してるね

サヘル
有難うございます

小島
私ね、サネルさんが街を走っている番組が大好きなんですよ。NHKでね、旅をしながらランニングするのが。

サヘル
ありがとうございます。ランニング、大好きなんです。

大竹
え?ランニングしてるの?

サヘル
そうなんです、その番組は一応「10キロ」っていうタイトル名なんですが、一昨日も実は走っていて、およそ18キロを一日で走ったんですけども

大竹
え?何キロ??

サヘル
18キロ

大竹
ええ?

小島
ホントに走ってるんですよ。走りながら色んな街の名所とか方々とのふれあいとかをされてて、すっごい楽しい番組なんですよ。

サヘル
うれしいです

大竹
日本のどこにいったの?

サヘル
今まで熊本とか、例えば北海道の方に行かせて頂いたりとか、銀座だったり、この間は東京の方に行ったりとか

小島
東京はおもしろかった

サヘル
有難うございます。本当にいろんな所をやらせてもらっているんですけれども、散歩の番組ってあるんですけれど、それを走りながら・・・

小島
そう、ランニングしながら・・・、ランニングだからほら移動で距離が出るから、景色がダイナミックに変わったりして結構面白いですよね。

大竹
どこが一番良かった?

サヘル
ああ、熊本の復興をこの間見たときに、まだまだ復興していかなければいけない部分と、熊本の方々の熊本城に対する愛情だったりとか、生きる人たち、その街の人情が見えてくるのがとっても好きで、熊本はそれをすーごく感じたんですよね。

大竹
こんなこと言うと怒られるけど、熊本はいい女が多いんだよね。

サヘル
ああそうなんですか、ハハハ

小島
知らねえよ!もう一回言わせていただきます。知らねえよ!
サヘルさんのね、街の人とのやりとりとか、なんか走りながらポロッとおっしゃる感想とかがステキなの、いっつも。一緒に走りたくなる感じになる。

サヘル
すごくうれしいです。あのぅホントに、自分でいいんだよとか、自分が持ってる表現だったりとか認めてくれた先輩たちがいたりとか、もっとサヘルらしくでいいんだよとか教えてくれた方がいるからこそ、感じたままに発言していいんだっていう、それが良いって言ってもらえるのは、すごくうれしいです、有難うございます。

小島
いや、ホント素敵なんですよ

大竹
これ食べておいしくないみたいなことはあるわけ?そんなのはない?

サヘル
たまーに。不思議な味だなあと思うので、そういうときは、とてもおもしろいですねっていうんですけれども(笑)

大竹
だってイランから来たらねえ、こっちで育ったとしてもだよ、日本のもので不思議な味はたくさんあるからねえ、これはちょっとみたいなものがねえ・・・。

サヘル
あります。ほとんどは大好きなんですけれども、たまに変わったものを入れられるときは、コーヒーラーメンというのが衝撃で・・・

小島
テレビ番組ってね、そういう変わったものばかり見つけてくるじゃない?

大竹
それ、コーヒーラーメンはダメでしょ!それは

サヘル
ちょっと衝撃的、パイナップルが乗ってたりして・・・、なかなか斬新でした

小島
普段から私生活でも走ったり街の人と話したりされるの、好きなんですか?

サヘル
はい、走るのも、体を動かすのが好きで、幼いとき、お金が苦しいときって人間って自分の足を使うんですよね。電車代とかすごく浮かしたりするので、そうするとスゴイ足腰が鍛えられて、自分の体を幼少期から使ってきていたので、まったく苦ではなかったんですよね。と同時に、人が好きです。

小島
そうね、サヘルさんのどういうところがステキかっていうと、あんなり気構えることなく、ホントにこう自然にそこにいらっしゃる方にスーっと話しかけると、向こうの人も相手もスーっと応えてくれる感じは、えっ?いま初めて会ったのにこんな和やかな会話ができるなんてステキっていう・・・。

大竹
時々テレビを見てても、すぐ打ち解ける人っているよね、解け込んでいける人ってね。

小島
ああいうのを見ていると自分が話しかけてもらったような感じになってさ

大竹
オレなんか周り、壁だらけみたいになるよ。それはしょうがないよね、人は人だからね。

サヘル
私がこうやって人を好きになれたのは、幼少期に出会った「給食のおばちゃん」という方がいるんですけど、おせっかいをしてくれたおじいちゃん、おばあちゃんのおかげなんですよね。
日本で言葉もわからず宗教も異なっていて、母と子で生活をしていたので、そのときに人が怖くなるんですよ、対人関係に対して。ですが、日本の方が、下町の方だったり、そういう方が「どうした?」「だいじょうぶ?」「困ったことあるんじゃない?」って、・・・。あっ、こんなに受け容れてくれているんだ、って。
特に今の時代というのは、国籍だったりとか、そうじゃなくってもマスクだったりとか、アクリル板一つで人との距離が生まれるんですけど、そういうときに心だけは近づけたいじゃないですか、そういうことを教えてくれたのは、幼少期に出会えた日本の方々で、それがいまも根付いていて、私はどちらかというと下町の娘だと思います。

小島
じゃこれからもう将来は誰にも話しかける愉快なおばちゃん像がねえ、楽しいですよね

サヘル
ありがとうございます。

大竹
オレ、山の手育ちだからね、ちょっと人と距離あるところで育ったからね。うちは大したことなかったけど、見上げるほどでかい家が建ってたりしたから

小島
えっ、ホント?
塀も高かったりね、門から玄関まで距離があったりとか・・・。

大竹
その家に遊びに行ったりなんかすると、もう小学生なのに庭でゴルフをやってたりなんかするわけ

サヘル
ホントですか?

大竹
もうあれだよ、ものすごい壁が高かったよね

小島
(笑)山の手

大竹
そういうところへ行って、途中で犬に噛まれて、ケツの下噛まれて、それでケーキたくさんもらってオレ喜んだりしてたからね
オレの生い立ちもね、関係あるのかもしんないね。ただ、下町とかさ、過ごしやすいのもそうなんだけど、土足でね、人の家にバンバン逆の言い方すれば入ってくるってことじゃん。何やってんの、こっちへいらっさい、ウチでご飯食べなさい・・・みたいな。

小島
過ちのコミュニケーション?

大竹
お前んとこの飯、まずいんだよなんて言えない

小島
それはね、言わない方がいいね。

大竹
文化としてね、今日はお醤油がないから、隣の人が持ってるかもしんないから、ちょっとお醤油貸してみたいなのは、すごくいいよね、それは。

サヘル
外国って、わたし日本に来て驚いたのは、お隣さんって扉が閉まっていることだったんですよ。例えば私たちの国って何か足りなかったら、何も言わずに隣のお家のドア開けて、冷蔵庫の中から必要なものを出して使って、ああ、あの時あれ使ったからねって、何かそうやって足りないものをお隣さんから勝手にもらう、でもそれで良かったんですけど。

大竹
でもそれは、よっぽどお隣と関係が親しいっていう、前段があるわけだろ?越してきたばっかりに隣のなんかチャーハン食うわけにいかないだろ?それはな。

サヘル
全体的にみんな人懐っこいです、特に中東の人たちって。

小島
イランのサヘルさんが小さい時に親しんでいた地域って、じゃあ割と東京の下町っぽい雰囲気があるところだったんですか?

サヘル
養母に引き取ってもらってからテヘランに住んでいたので、都市部でも下町感あるんですよね。住むエリアはそれなりに生活の裕福な方々だったんですけれども、人に対して困ったらお互いさまっていう、みんなファミリーっていう空気がたぶん国民にあるんですよ。

大竹
イスラム圏の映画祭ってやっている人が日本にいるのね。色んな映画を自費でやって、昨日もそこで「笑えない男たち」というのをビデオで見たんだけど、そこにはなんかイスラムの、たまたまボスニア、ヘルツェゴミナ、モスリムっていう関係のヤツだったけど、何回も色んなのを見てるけどね、そこで向こうの生活を見てると、女の人がなんかこう、男の人の地位が上なんだろうけど、女の人がまとまると楽しそうで強そうな感じが画面から伝わってくるんだけどね。

サヘル
それもイランでも同じようにそうで、男性は男性たちで集まってチャイハネ(※寄合茶屋のこと。家族同然の地域の人々が寄り合って談話する、人々の心をつなぐ場所)行ったりだとかサッカー観戦に行くんですけども、女性たちも井戸端会議ですごく集まって占いをやったりとか、女性のパワーってスゴい強いんですよね。だからこそイランでみんなが言っていたのは、日本の番組がすごく放映されているんですよね。その中でも「おしん」がホントに好きで、何で好きかっていうと、イランの女性があまりにも強すぎる、家の中で。だけどもおしんのような日本女性っていいよね、ぼくたちが日本のおしんのような日本女性と結婚したら大事にしてくれるだろうって・・・。

大竹
イランの男性たちに「おしん」が人気あったってこと?
あらあら・・・。

小島
なんか、おしん幻想みたいなものがきっと生まれちゃったんですよねえ。

サヘル
そうなんです。

小島
今回のご本でもサヘルさんの言葉ってすごくスーっと入ってくる。

大竹
そうねえ。

小島
ふしぎー。

サヘル
有難うございます。

大竹
ご本の話をしようか。
今回は「言葉の花束」ということで、いろんなことが書いてありますね。

サヘル
ありがとうございます。こんなに付箋貼っててくださってて、とてもうれしいです。この本、ホントに自分で、自分の言葉で書かせて頂いたんです。

大竹
こんなにたくさん付箋ね、すみません、これ撲じゃないです・・・

サヘル
あっ、違うんですか?

大竹
横にいらっしゃる作家の方が、大竹さん、ここ読んでくださいって言われて・・・。私意外と本に付箋はらない・・・。もう正直に言います、他の人だったらこの付箋僕だって言っちゃいますけど・・・

小島
さっきの給食のおばちゃんの話も出てくるんですよね。

サヘル
そうですねえ。

大竹
はい、本の中ではえーっと、日本に来てから一番衝撃的だったのは、育ての親の人ね、お母さん、その方はあなたを養子にとるために・・・、なんか向こうでは子どもを産める女の人は養子縁組はできない、そういうのはできない?

サヘル
はい。養母が私を引き取ったあの時代は、そのルールがあったんですね。私が7歳で養母と出会ったときに、「ママ、まだ」って第一声で言って、数か月後には不思議な感情なんですけど、7才になった自分が「お母さんになってよ」「自分を連れ出してよ」って言ったそうなんですね。
そうしたら、養母は健康の体で子どもが授かれるその(養母になる)権利はない、だからこそその覚悟を決めて、子どもが産めない体に手術を施してもらってから施設が認めた婦人科に行って産めないってことを証明して上で引き取ってくれてるんですよね。

小島
養母の方はもともとは児童養護施設というか、親御さんのいらっしゃらないお子さんたちの施設に来た、ボランティアの学生さんだったんですってね?

サヘル
そうなんです。色んな方に対して気持ちを持っている人だったので、私以前にもいろんな人たちに会っていたんですけど、唯一私だけだったそうなんですよ、初めて会ったときに「お母さん」て呼ばれたのが・・・。
もともと養母は曾おばあちゃん育てられていて、曾おばあちゃんが養母が15歳のときに亡くなったんですね。
亡くなる直前に一つだけ約束してほしいと、将来必ず孤児を引き取って救ってあげてって。その約束をずっと彼女は覚えていて、守りたかったそうなんですよ。で、私がお母さんって呼んだときに、「この子だ」って、自分が出会うとき、こうやって。すべてがそのときにはまって、その手術を自らして・・・、私18才まで正直知りませんでした。

大竹
ご本には、この事実をあなたが知ったのは18才のとき。それまで知らずに過ごして、でもお母さんになるために手術までしてるっていうのをサヘルさんが18才で聞いた時には、どう思ったの?

サヘル
申し訳なかったです。正直なことを言いますと、すごくきれいな物語のように聞いてしまうとなるんですけど、とても罪悪感と申し訳なさと・・・、なぜならちゃんと選択ができたわけですよね、じぶんの子どもを授かり、自分の国にいて、大学院まであと少しで卒業して、テヘラン大学院を卒業して心理学者になれ、教壇に立ってちゃんとしたエリートに道があった彼女が、私と出会って夢も置き、体にもメスを入れて、ここの地に来てトイレ掃除、床掃除をして、女性一人でここまで育ててくれたことが、不思議なんですけど、ある時ドンドン申し訳なくなっちゃって、人生を台無しにしてしまったなって。すごく自分を、うーんなんか自分が一番苦しんだ時間なのかもしれない、って。
私が30才のときに、養母が今度は私に「ごめん」って言ったんですよ。

大竹
なんて?

サヘル
「なんで謝るの?」って聞いたら、「引き取ってごめんね」って。
「なんでそんなこというの?」って聞くと、本当は養子縁組をすると、裕福な家庭に連れてってもらって幸せな中で育てられるのに、私はそういうことをしてあげられなかった、と。ここの地に来て路上生活だったりとか、苦しい状況に追い込んで、とても申し訳ないって。(泣)ごめんなさいね、その言葉を聞くたびに、あっ、私も申し訳ないと思っていたけれども、養母は養母なりにいつも笑顔ですごい笑っていたけれども、心の中で「ごめんね」ってう気持ちがあったんだって。
なんかすごい時間が経つんですけど、何度でも親子になっているんですよね。
人って、親子って、産まれたから親子ではなくって、血がつながっているから親子ではなくて、たぶん親子という戸籍には入っているけれども、本当に心からつながったたり、すれ違ったり、でもまたくっついたりって・・・。

小島
何度でも親子になるっていうのは、ステキな言葉ですよね。

サヘル
ありがとうございます。

小島
養護のお方はもともとはご実家は裕福なご家庭だったんですけれども、高等教育も受けてらっしゃったんですけれど、ちょっとご実家との関係が悪かったがために、どなたの援助も受けずにお一人でサヘルさんを育てなくてはならなかったと、日本で・・・ってことですよね。

サヘル
そうなんです。
でも、実際、給食のおばちゃんとか、お腹すいているときにスーパーに行って試食コーナーでフルコースを色々頂いていたんですけど・・・

大竹
フルコースってどういうこと?

サヘル
試食コーナーって、いまコロナでもう姿をあまり見かけないんですが、例えばサラダが出ていたり、ウインナーが出ていたり、たまにヨーグルトが出てたりって、スーパーをちょっと一周すると色んな、・・・だから・・・、フルコースを・・・、運がいい時はデザートが付いてくるっていう、それが身に付いたわけですよね。
そしたら、それを繰り返していたんですが、ある時、試食コーナーのお母さんが、きっと公園生活をしているとは思ってなかったと思うんですけど、きっと大変なんだね・・・と思ってくださったと思うんですよ。お家から食べられるものをありったけ入れてくれて、紙袋でもって行きなって渡されて、スゴイうれしかったです。あの、その方の笑顔をいまも忘れないですし、誰かのために何かをしようとみんな模索していると思うんですよ、いまの時代も。この今回書かせてもらった自分の本でもふれたくて、決して私はかわいそうだったんです、苦しいんですということを言いたいわけじゃないです。私はとても幸せ。色んなことを経験できて、その経験があったから、衝突があったから、弱いけれども、弱者じゃないんですよね、私は決して。
それを感じさせてくれたのも、出会った人たち、日本の方々に救われた人生、それを次の人たちにも伝えたい、一人じゃないよ、誰かが見てくれてるよ、って。
そういうつながりです。

大竹
あのう、試食ね、配る方の立場から言わせて頂くとね、食べて頂くのは非常にうれしいのよ。

小島
大竹さん、ご経験はあるんですか?

大竹
その経験はない。ティッシュ配ったりしたことあるけど、もらってくれるのね、スゴイうれしいの。在庫がはけるわけね。それでスーパーのおばちゃんも、通り過ぎていくよりか食べてくれた方がうれしいに決まってるじゃん。
だから、言い方変だけど、そこはWinWinなのよ。フルコースはこれからも楽しんでいただいて、全然かまわないと思うけどね、おれは。

小島
本の中で、いまは例えば親御さんと離れて親御さんを知らずに育っているお子さん方へのメッセージもあるし、いろんな立場にある方へのメッセージが込められているなあと思ったんですけど、なんか読み終えて思ったのは、いや自分にはそういう立派な人助けなんかできないよなあと思ってしまうことって誰しもあると思うんですけど、いや別にそんなすごいことじゃなくても一言声を掛けるとか、なんかそういうことが実はその人がずーっと覚えているような人助けになるんだよということも教えてくれる本だったのかなと思って。
本当にサヘルさん、そういうご経験多いですもんね。

サヘル
そうなんです。それがあったからこそ、あっ存在していいんだって。助けるって何か行動とかお金ではなくて、たぶんそこに存在しているだけで、自分がいるだけで誰かのための生きがいになれると思うんですよね。私も色んな方々がその人の存在によって生きがいに感じましたし、いま自分がこうやって生き続けることによって誰かになにかメッセージ、手は二つしかないので、多くのことを変えよう、助けようと思ってもキャパシティ・オーバーになってしまう。であれば、この手でできること。
で、必ずお互いの目を見る・・・、いまの時代は特にね、スマートフォンだったりとかいろんなものに目線が落ちてしまうんですが、ここの小さな世界を作らないでって。物事は自分が作り出してしまった、自分の見たいものしか見なくなってしまう、この小さな手元ではなくて、私たち親子が29年前に日本の方々の視線に映ったことで生かしてもらえたので、あなたのその瞳で、いま誰かの存在を確かめて、見つめ合うだけで私ちゃんと存在しているんだ、見てもらってるんだって、それだけで幸せなんです。

大竹
あのう、あれだよね、いまみんなさ、スマホから手を離さないじゃない。もう電車乗ってても、車の中でも、もうみんな。でもほんの12,3年、10年経ってないか、10年前なんか誰もスマホ持ってなかった、持ってたか?持ってたけども・・・ガラケーか。

小島
持ってたけども、いまほどは・・・スマホになる前はね、本読んでる人もいたしね。

大竹
ガラケーのときはさ、あんなに見てなかったからね。色んなものが入ってないから。

小島
いまチャットのツールとかがあるからね。

大竹
そういうので、サヘルに言われるまでもなく、自分たちでこんなに便利になったのに、みんな自分で住む世界をちょっとずつ狭くしているような世の中になっちゃったね。まあ、それはちょっと、コロナ禍でね、このスマホで私たちはこれからもずーっと生きていくと、スマホの中の誹謗中傷を受けながら、私は受け生きていくのかと、いま世界中はそうなっているけど、やっぱりここんところは誰かが何とかしないと、だってもう今はおじいちゃんだってスマホ見る時代だからね。

小島
是非、さびしいなとか、誰かに話しを聴いてほしいなと思っても難しいなとか、そういう思いをしている方、あるいは自分もだれかに何かできないかな?という方ですね、是非このサヘル・ローズさんの、『言葉の花束-困難を乗りきるための自分育て』というタイトル、ステキですね、講談社から出ていますので、お読みください。税込み1430円で発売中です。サヘルさんのご自身の大変なご苦労話が出てくるんですけれども、読み終えた後本当に心が温かくなる素晴らしい本です。今日のゲスト、サヘルローズさんでした。

サヘル
温かい時間、有難うございました。//

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