ならの底力♯1(八咫烏神社~大宇陀松山地区)

これから奈良を紹介するときは「ならの底力」をメインテーマにすることに。

さて、家人が新型コロナの陽性になったので、自身は濃厚接触者。
俗に「N指定」。
濃厚接触者の場合、発症日を0日として、4日間は自宅待機。
その1日を使って、近場をぶらっと撮影。
感染があってはいけないので、てきぱき、シャキシャキと作業を進めた。
曇天時々晴れなので、幸い人も少なかった。

当初は「伊那佐郵人」というレストランカフェに行きたく表を通ってみたが、今日の営業はない様子。
なので、急遽行き先を変更して、大宇陀の松山地区を訪れることに。
松山地区は、戦国時代の城下町の名残が今も残り、古民家が建ち並ぶ地域。
奈良には、五條市の新町、高取町の土佐町、橿原市の今井町、奈良市のなら町など、趣のある町が多いが、ここも外すことができない。
城下町であったことに加えて、東吉野を通って伊勢へと向かう街道沿いに位置し、交易では吉野地方からの材木と桜井から広がる大和平野からのコメや野菜などが集まる地として大いに栄えたことだろう。

これより先、八咫烏神社を訪れた。
八咫烏は導きの神。古事記や日本書紀に登場する。
神武東征の際、神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる。一般的に三本足の姿で知られ、古くよりその姿絵が伝わる神話上の存在だ。

境内にはその八咫烏を今風に想像した石碑が建立されていた。頭にはサッカーボール。これはサッカー日本代表のユニフォームにこの八咫烏が描かれているからだ。足元にはなぜかバドミントンのシャトルコックが。よく見るとコック部分にメッセージが書かれていた。
こんなド田舎の神社に参拝して、絵馬代わりに奉納したのだろう、ほっこりする光景だった。

今回は写真は全く撮影せず、動画のみ。
この様子はYouTubeで。

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