松坂出身 三重ノ海と祖父

NHKの呼び出し。
「東方 三重ノ海。 三重県松坂市出身 出羽海部屋」

三重ノ海は大関の在位は長かったが、遅咲きの横綱といわれ、横綱になってから引退までは長くはなかった。
僕の母方の父、つまり祖父は、格闘技が好きで、プロレス、相撲を好んで見ていた。
相撲では三重ノ海が大好きで、欠かさずに中継をみていたものだ。
勝てば機嫌がよく、負ければ悪かった。
なぜ三重ノ海が好きなのか、僕にとって同じ家族ではあっても怖い存在だったので、聞けずじまいだ。
この時期、奈良の郷土力士はいなかったのかもしれず、あえて一番近い力士を選んだのかも。

話は変わるが、遅い早い、短い長い、遠い近い・・・これら形容詞は極めて主観的だ。
僕にとっては三重の松坂は遠く感じるが、祖父にとってはそうでもなかったのかもしれない。
なぜそうでもなかったのか・・・、今回その史実にでくわした。

JR名松線である。
名松線は松坂から名張までを結ぶ線であることからこの名称がついた。
しかし、実際には三重県美杉村の伊勢奥津までしか開通していない。
元来この名松線は、昭和初期には桜井までを結ぶ計画だった。

Wikipediaによると名松線の歴史はこうだ。

名松線は改正鉄道敷設法別表第81号にある、「奈良縣櫻井ヨリ榛原、三重縣名張ヲ經テ松阪ニ至ル鐵道及名張ヨリ分岐シテ伊賀上野附近ニ至ル鐵道並榛原ヨリ分岐シ松山ヲ經テ吉野ニ至ル鐵道」の一部として敷設された。

このうち、伊賀鉄道(現在の伊賀鉄道伊賀線を開通させた会社だが、現在の伊賀鉄道とは別会社)が名張駅(後の西名張駅。近鉄に合併された後の1964年に廃止) – 伊賀神戸駅 – 伊賀上野駅間を改正鉄道敷設法成立と同じ1922年に開業させていたため、桜松線(おうしょうせん、桜井と松阪から各一文字を取った)の一部として、松阪駅から名張駅(後の西名張駅)を目指して工事が進められることになった。

しかし、1930年に参宮急行電鉄が現在の近鉄大阪線・山田線にあたる桜井駅 – 名張駅 – 参急中川駅(現在の伊勢中川駅) – 松阪駅 – 山田駅(現在の伊勢市駅)間を開通させたため、松阪 – 名張間の旅客輸送目的で名松線は建設意義を失った格好になり、1935年までに松阪駅 – 伊勢奥津駅間を開通させたにとどまった。その後、伊勢奥津 – 名張間の建設工事は全く着手されていない。ただし参宮急行電鉄は親会社の大阪電気軌道との直通を前提として標準軌規格で開通したため、貨物輸送や大阪から東紀州方面への連絡で意義があるとして、道路整備によるモータリーゼーションが普及する前の1960年代まで桜松線の建設要望は継続された。また、戦中には狭軌で開業した名古屋線との直通や軍需輸送を目的に、大阪・山田線の狭軌化と国鉄線・南大阪線との接続が検討されたこともあった。

なお、改正鉄道敷設法で定められたこれらを結ぶ鉄道は、経路が異なるものの榛原 – 松山(旧大宇陀町) – 吉野をのぞいて現在の近鉄各線によって実現している。

1982年8月、三重県全域を襲った台風10号により名松線全線が不通となり、伊勢奥津駅には2両の気動車が取り残された。その後、被害の大きかった伊勢竹原駅 – 伊勢奥津駅間はバス代行となる。当時の日本国有鉄道(国鉄)は特定地方交通線廃止の取り組みを進めており、名松線も第2次廃止対象として三重交通によるバス転換の方針を打ち出し、同年11月には廃止承認申請を提出した。しかし熱心な反対運動や、道幅が狭くバスを走らせるのは困難と判断されたことで復旧作業が続けられ、翌年6月に全線の運行を再開。1985年には廃止承認申請が取り下げられ、存続が決定した。

さらに、平成21年の台風18号により、JR名松線は特に伊勢竹原駅から伊勢奥津駅までの間で、大きな被害を受けた。たびたびの甚大な被害の度に廃線の憂き目に。しかし美杉地域にとって生活に欠かせない交通機関であると同時に、美杉地域の観光資源を有効に活用し、広域における活性化や潤いを創り出す、いわば将来のまちづくりの 重要な基盤であるとの認識のもと、地元住民から鉄道全線復旧の機運が高まり、津市全体へと広がる署名活動へと発展した。
平成23年5月には、JR東海、三重県および津市の3者によりJR名松線の運行再開についての協定が結ばれ、三重県および津市による名松線復旧対策事業が行われることとなり、津市民の願いであったJR名松線は平成28年3月26日に全線復旧している。

さて、祖父は確か72歳で亡くなっている。
僕が小学6年生ぐらいのときだから、昭和48年の1973年前後。そこから72年さかのぼると1901年だ。1922年から1930年の間にこの名桜線が本格的に計画され、実際に工事も東から進められている時期は、祖父が20~30才までの間だ。祖父の青春時代に桜井と松坂が桜松線を期待していたのは間違いない。松坂は近い存在だったのだ!

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