御所市名柄

奈良は少し歩けば、こういう古民家が立ち並ぶ街道に出る。

御所市長柄もそうである。


奈良から大阪南部を結ぶ水越道と、高野街道が交差する土地柄だった。実際に歩いてみると、随分この界隈が栄えたことが分かる。
もう一つ重要な土地柄であったのではないかと思うのが水利である。大和盆地には大きな河川がなく、ため池をあちらこちらに配置して、水田を確保してきた。しかし、金剛、葛城山の谷間から流れ出る豊富な水がこの界隈に流れ込み、水利を得ていたのではないだろうか。酒、醤油などを製造する大きな建物があるのも頷ける。

町を歩くと、水路がめぐり、勾配のせいで水足が速い。金剛、葛城山の傾斜が一気に駆け下りてくる。
南北の流れも速い。
葛城の土地もこんもりと盛り上がっていて、丘陵地のようになっている由。

大和は古来から環濠集落が多いことで知られる。水利と外敵からの防御機能を兼ね備えているが、ここではもっぱら水利があったのではないかと思う。

先ほど金剛山、葛城山からの水が流れ込む話をしたが、実は吉野川からの分水にもこの長柄の庄屋が計画を立案している。実に江戸時代、元禄のことだ。それほど大和平野では水に困っていた、あるいは確保に不安があったと言えるだろうが、水利の大きさをうかがい知ることができるのではないかと思う。

通勤前の少しの滞在でも、これぐらいの感想が出てくる町、長柄。今度はもう少しゆっくり歩いてみたい。

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